Hopeless Diary

希望を失った若者の日記

2019年10月19日(土) ベイカーストリートにでも迷い込んだような気分になる

今日は12時に目が覚めた。

遅すぎではあるまいか。

遅すぎである。

もう少し早く起きたまえ、私よ。

さもなくば、世間に顔向けできまいぞ。

私はこういう考えでもってして、私自身を追い詰めてしまっているのである。

そう分かってはいても、こうして浮かんできてしまうのが自動思考だ。

本当に困ったものである。

自分を責めるなかれ。

許したまえ。

(なぜこのような語調になっているのか、よく分からぬ。)

 

天井の木板におわします「がしゃどくろ」をじっと見つめるのにも飽きたので、「えいこらやー!」と起き上がった。

顔を洗って、野菜ジュースを飲む。

12時半を過ぎて起き上がったので、昼食時である。

がしかし、空腹感がない。

おまけに、食欲までない。

夢も希望もありゃしない。

(この一文は、「語尾の『ない』が三つも並んだら面白いかなぁ」と思い、その勢いで付けただけである。副作用として、書いてしまってから落ち込んだ。阿呆としか言いようがあるまい。)

 

パソコンを起動させて、昨日の日記をせかせかと綴った。

書きながら気づいたが、私は元気であった。

「魔法かしらん?」と思うほどに文章がすらすらと湧き上がってきたわけではないけれど、結果として3,000字以上も書いたのだから、それはきっと元気だったに違いない。

元気なのはよいことだが、もう少し有意義な、欲を言えば経済的な方面にその活力が向かってほしいものである。

 

16時半頃にパソコンを閉じる。

さすがにお腹が空いていたので、食事をした。

食器を洗い、布団に寝転んだ。

「何を読もうかしらん?」と本棚を物色して、一冊を手に取った。

森見登美彦さんの『恋文の技術』である。

驚くなかれ、読書メーターに記録が残っている限りでも、すでに三度も読んでいた。

つまり、読むのはこれで四度目である。

そして、今月、森見さんの本を読み過ぎだ。

当然、森見さんの文章の足元にも及ばぬが、読み過ぎて日記の文体が影響されるほどである。

そうは言っても、大変に面白いのだから、読むことにそれ以上の理由は不要だろう。

太陽の塔』や『ペンギン・ハイウェイ』も読みたいのだが、今は手元にない。

この二冊は、一年以上前にゼミの後輩へ貸したままである。

その後、何の音沙汰もないが、読んでくれただろうか?

「……できれば返してもらいたい」というのは、ここに書かず、その後輩に直接連絡するべきである。

 

www.poplar.co.jp

 

ちまちまと読んだり、布団の中で丸まり暗闇に包まれたようにしか思えぬ我が将来に煩悶したりしていると、太陽は西の空にグッバイしたと思う。

そもそも一日中曇天が続いていたので、太陽の所在は不明である。

晩ごはんを食べる気にならない。

ほんの三時間前に食事をしたばかりなのだから、無理もない。

お風呂の準備をして、その間に洗った食器を片付け、ヨーグルトを食べた。

お風呂に入ったが、「身も心もすっきり」というわけにはいかなかった。

何も食べず、歯を磨き、早々に布団へ舞い戻った。

『恋文の技術』の続きを読んだり、先日ちまちまと書いた「散歩記」を手直ししたり、新たに書き加えたりした。

それを何のために書いているのか、さっぱり分からない。

この日記と同様、ただの自己満足である。

 

さて、話は変わる。

かつての同級生と連絡を取ると、「部長」や「係長」という単語が出てくる。

私には縁がない単語たちである。

私がこうして引きこもり、どこにあるのかも分からぬ、もはや存在しているのかすら疑われる「明るい未来」を探し求める間、彼ら彼女らは新たな人間関係を構築する。

それを思うと、嫉妬の炎で我が身を焼いてしまいそうになる。

なんというか、器が小さい。

情けなくなるぐらいに小さいぞ、私の器よ。

おちょこほどではあるまいか?

だとするならば、非常に残念なことである。

余裕も何もあったもんじゃない。

 

24時を過ぎて、居ても立っても居られず、散歩へ出かけた。

季節のためであろうか、天気が優れない日が多い。

であるならば、雨が降っていないという好機を逃さず、散歩をするべきである。

 

日中に雨が降り続けていたせいか、非常に湿度が高い。

気温が高いわけではないので、まとわりつくような不快感はない。

しかし、湿気があまりあるほどなので、視界がうすぼんやりとしている。

街灯の明かりが白く視覚化されていて、ベイカーストリートにでも迷い込んだような気分になる。

(というのは思い付きで書いただけで、私はベイカーストリートのことなど露ほども知らない。)

大変な湿気のため、歩いていると私の服が湿り気を帯びてきた。

乾燥したものが、部屋干しの生乾き状態に戻ったような感じである。

これには驚いた。

そんな中でも、私はずんずんと歩いた。

途中で「踊ってみようかしらん?」と思わないでもなかったけれど、少し踊ってみて感じた。

「今日は踊る気分ではない」と。

なので、ただただ歩くばかりであった。

歩きながら、寂寥感を覚えた。

無性に寂しくなってしまったのである。

それをずっと引きずってしまったせいで、散歩はあまり楽しくなく、気分転換にもならなかった。

帰りにファミリーマートに立ち寄り、boogie board用の予備電池と、ハムチーズマヨパン(二個入り)を三袋買った。

買う際に、店員さんに「支払いはSuicaでお願いします。レジ袋は不要です」と書いたboogie boardを見せた。

丁寧に対応してくださったので、去り際、私も丁寧に頭を下げた。

 

帰宅して、ハムチーズマヨパンをひと袋だけ食べた。

ちょっとだけ『恋文の技術』を読んだ後、眠りに就いた。

 

2019年10月19日(土)の生きていたくなさ:80/100