5
人種差別的な言葉を向けられたことがある。
「お前、○○人だろ」というたぐいのものだった。
私はその時、激しい怒りを覚えた。
こんな言動をする目の前の、これを早く消し去らなければ。
そう思った。
私にそれをぶつけてきたものを、私は人間として扱いたくなかった。
なぜなら、他の人間に失礼だから。
人間と呼ぶにはあまりにも気色が悪いと感じた。
それくらい、この言葉を使うのが適切かは分からないが、私にとって人間は高潔なものだった。
でも、後になって気がついた。
私の人間に対するその認識は誤っていたことに。
人間は私が想定していたより、期待していたよりもずっと低俗で醜悪だった。
正直、人類なんてさっさと滅んでしまえばいいと思っている。
もちろん、私もその中に当然含まれる。
少し戻って「お前、○○人だろ」と発したものについて、その時沸き起こった私の怒りについて考えた。
ちなみに私は「○○人」ではなかった。
指摘が誤っているうえに差別的発言なのだから、語るに値しないような発言だったことは明らかだ。
だが考えてみる。
まずその発言の裏に「○○人は……だ」というステレオタイプがあるのは疑いようがない。
「……」の部分にはたいていネガティブな内容があるだろう。
その発言主からすると私は「……」に当てはまる言動ないし行動をしたのだと推測できる。
ゆえに「こいつ(私)は……だから、○○人だ」という、一ミリも理解したくないような結論を導出したに違いない。
書いていて気持ち悪くなってくる。
ある特定の言動や行動を「人種」と結び付けることに、率直に嫌悪感を覚える。
私の怒りはことこの点にのみあると言ってよい。
私は「○○人」に対して負のイメージを持っていて、そして、私自身がその瞬間「○○人」だと誤解されたから怒りを覚えたのでは決してなかった。
その発言を裏打ちしている人種差別的思考に対して、私は怒りを覚えたのだ。
それと同時に、拒絶したいという強い衝動にも襲われた。
この発言に対して抵抗しないという形で示すある種の許容は、人間の尊厳への侮辱である。
だから、抵抗した。
言葉でもって反撃した。
「あなたはレイシストですね」と。
その後、なぜか私が「お前のほうこそレイシストだろ」とおうむ返しに言われた。
私の言葉をそのまま、おそらく意味も知らなずにリピートするしかなかったのだから、よほどそれは頭が悪かったのだと思う。
まあ、それは人間ではなかったので、果たして頭があるかどうかも疑問だが。
しかし、それは「お客様」だったので私の言動のほうが問題視されることになった。
その後、さらに最悪なことに「抵抗するな」と命じられた。
「頭を下げろ」
「謝れ」
この出来事は、私が抱く人間への嫌悪感を際限なく増大させることになった。
どうして人間は自由意思で選べなかった多くのことで、他者を判断しようとするのだろうか?
さらには、それを根拠に攻撃し貶めようとするのか?
生まれた国、地域は?
年齢は?
親は何をしているのか?
兄弟姉妹はいるのか?
母国語は何か?
髪の色、肌の色、瞳の色は?
血液型は?
右利き、それとも左利き?
気持ちが悪い。
人間という生物は実に醜い。