Hopeless Diary

希望を失った若者の日記

2019年9月14日(土) 実にアンビバレント

今朝は8時にスマホのアラームが鳴り響いた。

ちなみに、アラームとして設定しているのは、星野源さんの『アイデア』だ。

私は観ていなかったけれど、朝ドラの主題歌だったので、朝にピッタリである。

とはいえ、私は「『アイデア』は夜の歌なのでは……」とか思っていたりもするのだけれど。

 

さて、アラームを設定してまで早起きしたのには訳があり、それは今日が資源回収の日だったからである。

カウンセリングで「不要な物の処分」を推奨されていたので、それを実行しようと思ったのであった。

とりあえず、不要な服を処分することにした。

そのため、昨日、それらを袋に詰めておいた。

寝ぼけたまま、8時15分に家を出て、資源回収の場所まで袋を持って行った。

無事に不要な衣服が詰まったその袋を手放すことができた。

Good bye, my clothes!!

 

ところで、眠い。

非常に眠い。

この睡魔に抗うのは、粋ではない。

そう都合よく判断した私は、自宅に戻るなり再び布団に体を横たえ、そのまま眠りに落ちていった。

 

目が覚めると、10時半過ぎになっていた。

今度こそきちんと起き上がり、顔を洗い、野菜ジュースを飲んだ。

パソコンを起動させて、昨日の日記を書いた。

13時頃にお昼ごはんを食べた。

午後は、音楽を流して家事をこなしつつ、それを終えると『聖なる怠け者の冒険』を読んだ。

 

そうして過ごしているとあっという間に時間は過ぎ去り、太陽は傾き、辺りはすっかり暗くなった。

19時過ぎにお風呂の準備をして、晩ごはんを食べた。

食器を片付けてヨーグルトを食べてから、お風呂に入った。

歯を磨いて、食器を片付けたり洗ったりして、布団に戻った。

それが、22時を少し過ぎたころだったかもしれない。

再び『聖なる怠け者の冒険』のページをめくっていると、24時を迎えた。

 

今日も夜の散歩に出かけた。

昨日よりも空気が夏に戻ったような感じがした。

それでも、決して暑いわけではなく、散歩するには実に快適な空気である。

私が暮らしている街はごくごく平凡な住宅街なので、土曜日の夜はほとんど人影がない。

私はそういう街が好きだ。

人も車もどこかに消えてしまったような、それなのに街灯や信号に照らし出されている街が、私の心を森閑とさせる。

今日もイヤホンを耳に挿して歩いていたけれど、帰り道に「今度は、静まり返った街の中でかすかに聞こえる音を感じながら歩いてみようかな」などと思った。

今日も2時間ほど、のんびり歩いた。

 

25時半頃にお腹が空いたので、駅前のマックに立ち寄ってハンバーガーを買った。

「買った」と言っても、貯まっていたdポイントで払ったのだけれど。

深夜でもマックの店内には少なくない数の人がいて、当然、店員さんも数名働いていらっしゃった。

もうすぐ26時になろうかという時間である。

私はその時間に働いてくださっている方のおかげで、深夜にハンバーガーを食べられるわけである。

それに関しては、感謝しかない。

小さい声だったと思うけれど、店員さんの目を見て「ありがとうございます」と言えた自分をちょっと好きになれそうだった。

 

便利な世の中は、必ずそれを支えている誰かがいる。

その恩恵を受けられて嬉しくも思うけれど、一方で「その便利さは果たして、人間を大事にしているのだろうか?」とも思う。

サービスを利用しておいて、実にアンビバレントな私である。

 

帰宅して、眠りに就いたのは27時過ぎだった。

 

2019年9月14日(土)の生きていたくなさ:30/100

2019年9月13日(金) 美しい月

今日は9時に目が覚めた……ような気がする。

いつも通りすぐに起き上がれるわけもなく、布団を出たのは10時だった……ような気がする。

ちゃんと覚えてない。

 

顔を洗って、野菜ジュースを飲んだ。

パソコンを起動させて、昨日の日記を書き始める。

ただの日記なので、その日の出来事や思ったことを書けばいいだけなのだけれど、なかなか書けなかった。

時折中断して、YouTubeで兄者弟者さんの動画を観ていた。

 

www.youtube.com

 

13時にお昼ごはんを食べた。

午後もパソコンに向き合いながら、音楽を流しつつ、日記を書いた。

聴いていたのは……。

 

ASIAN KUNG-FU GENERATIONCan't Sleep EP』と『ホームタウン

BURNOUT SYNDROMES檸檬

Clean BanditWhat Is Love?

 

17時くらいまで、ずっとそんな感じで過ごした。

その後、森見登美彦さんの『聖なる怠け者の冒険』を読み始めたけれど、あまり集中できずに、それほど読み進まなかった。

 

publications.asahi.com

 

晩ごはんを食べて、お風呂に入り、22時から『Dr.STONE』を観た。

歯を磨いてから、布団に横たわり、TBSラジオで『荻上チキ Session-22』を聴いた。

Main Sessionを聴き終えて、BBCである記事を読んだ。

これも比較的読みやすい記事だったと思う。

 

www.bbc.com

 

東京オリンピックの暑さ対策として、観客席に人工の雪を降らせる試みが紹介されている。

その効果について担当者の方がコメントをしているのだが、その一節にうんざりしてしまった。

 

"The advantage of this machine is having a spray device to help the audience feel refreshed - and the amusement factor."

 BBC NEWS - Tokyo 2020 Olympics organisers test snow machine to beat the heat (

https://www.bbc.com/news/world-asia-49684810

)より引用*1

 

「the amusement factor」なんて、そんなことのためにお金を使うくらいなら、科学的に裏付けられ、きちんと効果を発揮しそうな暑さ対策を試してほしいものである。

 

日付が変わろうとする頃に、散歩に出かけた。

今夜は中秋の名月らしい。

その時にLineでやり取りしていた大学の同期から教えてもらった。

雲もほとんどかかっておらず、とても美しい月だ。

2時間ほど歩いて、帰宅したのは26時前だった。

 

2019年9月14日(金)の生きていたくなさ:40/100

*1:引用時点 2019年9月14日

2019年9月12日(木) どれも「現実」なのだと思った

今日は9時半に目が覚めた。

相変わらず頭も体も重い。

もはや笑えてくる。

……うそ、全然笑えない。

 

10時に起き上がって、顔を洗う。

昨日、寝る前に洗ったマグカップが乾いていたので、食器棚に戻す。

テレビを点けて、録画されていた『彼方のアストラ』を観た。

悲しい気持ちになった。

ちゃんと感想を書いておきたいけれど、その体力と気力がない。

だから、「悲しい」としか言えない。

 

パソコンを起動させて、何をするでもなく家計簿のファイルを開く。

Excelの表がディスプレイに表示される。

目の前には現実があった。

どうしようもない現実。

 

12時頃、空腹感に襲われた。

しかし、食欲もなく、何かを食べようと動く気力すらない。

何もせず、ただ座布団の上に1時間ほど横になった。

何もできないことが悲しいのに、それをパワーに変換することもできない。

 

13時を過ぎたあたりで、なんとか起き上がって、お昼ごはんを食べた。

食後しばらくしてから、金城一紀さんの『対話篇』を読み始めた。

 

www.shinchosha.co.jp

 

幾度か中断しながらも、17時に読み終えた。

 

そこからはまた何をするでもなく、ぼーっとしていた。

何かを考え始めてしまいそうになった時は、音楽を流して踊った。

 

19時過ぎに晩ごはんを食べて、お風呂の準備をする。

お風呂に入って、歯を磨いた。

それが22時くらい。

普段なら布団に横たわって、『荻上チキ Session-22』を聴くところだけれど、今日は『クローズアップ現代+』を観た。

 

www.nhk.or.jp

 

特集は「消費増税」だった。

観ていて、なんだかむなしくなった。

 

22時半に布団に横になり、『荻上チキ Session-22』を聴いた。

こちらの特集は、「台風15号で被災した千葉県の実情」だった。

 

Main Sessionを聴き終わった23時半過ぎに、私は靴を履いて、家を出た。

空気が澄んでいたので、なんとなく散歩したい気分だったのだ。

深夜に散歩するのは、たぶん半年ぶりくらいだったと思う。

もしかすると、もっと前のことだったかもしれない。

もうあまり覚えていない。

 

玄関を出る。

夏ではなく、秋が感じられる夜気だった。

持ってきたウォークマンから伸びたイヤホンを耳に挿して、BURNOUT SYNDROMESの『檸檬』を流す。

そこから、ただ黙々と歩いた。

何年も前のことだけれど、通っていた小学校の前を通り過ぎた。

暗闇に浮かぶ白い牢獄だと思った。

24時になったら、『ハライチのターン!』を聴こうと思っていたけれど、結局聴かなかった。

黙々と歩いて、広い公園にたどり着いた。

その公園の中を特に目的もなく歩いた。

人目がないなと思ったところで、ちょっと踊ってみた。

誰もいないのに、あまり自由になれていない自分に気づいた。

内面化されてしまった他者の視線から、私はもっと自由になりたい。

 

歩いていて、公園の施設の軒下でホームレスの方が眠っている姿を見かけた。

Session-22での、千葉県で被災された方のインタビューを思い出した。

クローズアップ現代+で、「キャッシュレスの達人」として紹介された、クレジットカードやポイントカードを計120枚使っている方を思い出した。

公園のベンチで仲睦まじそうにしていたカップルを思い出した。

無職で引きこもりの私が、深夜に街を歩いていることを思った。

どれも「現実」なのだと思った。

 

泣き叫びたくなった。

どんな醜い声でもいいから、とにかく誰かに届くくらいに泣き叫んで、泣き叫んで、泣き叫んでしまいたかった。

 

その公園で最も開けた広場で、私は踊った。

ちらほらと人影があったけれど、今の私の精一杯で世界に向かって開いた。

とても全開とは言えなかったけれど、自由になりたくてステップを刻んだ。

 

そこからもしばらく歩いて、結局、自宅に戻ったのは26時前だった。

 

2019年9月12日(木)の生きていたくなさ:100/100

2019年9月11日(水) 小説を読む

今日は10時に目が覚めた。

「いつものように」だと困るのだけれど、いつものように体と頭が重い。

すぐには起き上がれないので、30分ほど布団の上でゴロゴロとしていた。

悲しいかな、自尊心が磨り減っているような気がする。

10時半に起き上がり、顔を洗い、野菜ジュースを飲んだ。

パソコンを起動させて、昨日の日記を書いた。

それだけでかなり疲れた。

 

正午になっても空腹感がない。

食欲もない。

布団の上に置いてきてしまったかのようだ。

そのまま何も食べず、14時を迎えた。

「さすがに何か食べなければ……」と思い、遅めのお昼ごはんを食べた。

義務的に行った食事だったので、まったく美味しくなかった。

マインドフルネスを実践したいけれど、今の私はそれもできそうにない。

より良く生きようとする力が、日に日に失われている気がする。

それが悲しい。

ただし、それと同時に、「どうしようもない」と諦めようとする自分もいる。

それも悲しい。

 

15時頃、私は再び布団の上に体を横たえていた。

安住の地、汝の名は“布団”。

 


SPEED 金城 一紀:文芸書 | KADOKAWA

 

今日も安住の地で本を読んだ。

金城一紀さんの『SPEED』である。

仰向けで最後の数ページを読んでいると、自然と涙がこぼれた。

私も飛べるようになりたい。

 


レヴォリューション No.3 金城 一紀:文庫 | KADOKAWA

 

続けて、これまた金城一紀さんの『レヴォリューション No.3』を読み始めた。

 

晩ごはんを食べて、食器を洗い、お風呂の準備をする。

浴槽にお湯が張られるまで待つ間、『レヴォリューション No.3』の続きを読む。

お風呂に入り、歯を磨いて、布団に横たわった。

今日もラジオを点けて、『荻上チキ Session-22』を聴いた。

 

寝る前に『レヴォリューション No.3』を読み終えた。

フライ,ダディ,フライ』に『SPEED』、そして『レヴォリューション No.3』と、「ザ・ゾンビーズ」シリーズを読み返すのは久しぶりだった。

まだ決めていないけれど、この流れだと次は『レヴォリューション No.0』を読むことになるかもしれない。

とりあえず、小説を読むという久しぶりの行為は、意外と楽しい。

 

今日は、それでも、「生きていたくない」と思った。

今日抱えたのは、一言で済ませるなら「惨めさ」だ。

 

2019年9月11日(水)の生きていたくなさ:90/100

2019年9月10日(火) 東屋には私だけ

今日は10時半に目が覚めた。

気分はよくないけれど、力を振り絞って起き上がる。

顔を洗い、野菜ジュースを飲む。

洗濯機にタオルや衣類を放り込み、洗剤と柔軟剤を入れて、スイッチを押す。

スピーカーから流れる音楽を聴きつつ、洗濯機が止まるまで待つ。

40分ほどで洗濯機が止まったので、タオルと衣類を干す。

 

今日は、バイトをしていたスーパーに制服を返却しに行くつもりだ。

そのため、洗濯物を干し終えてから、出掛ける準備を始めた。

髭を剃って、ポロシャツとスカートを身に付け、KSMキャップをかぶる。

自宅を出たのは、13時を過ぎる頃だった。

華麗に舞い戻ってきた暑さの中、とぼとぼとスーパーへと歩いた。

ロッカーに置きっぱなしにしてあった靴を回収し、誰もいないサービスカウンターに制服が入った紙袋を置いた。

そして、その場から立ち去った。

 

およそ一週間ぶりの外出だったので、いくら暑いとはいえ、このまま帰宅するのは嫌だった。

それにお腹も空いていたので、駅前のマクドナルドに向かった。

docomoのポイントが使えたので、それを500ポイント、つまり500円分を利用し、ランチセットを購入した。

店員さんに注文を伝えようとした時、蚊の羽音のような声しか出せなかった。

それでも、なんとか注文を伝え、「ありがとうございます」とお礼を言い、近くの公園に向かった。

 

公園のベンチに座って、ポテトとハンバーガーをむしゃむしゃと食べる。

ちょっと大きめの蜂がブーンと飛んできて、びっくりする。

風に揺れる木々の葉がさざめきのように鳴り響く。

ブランコで遊ぶ子供たちの声が聞こえ、彼ら彼女らの母親の姿が見える。

台風の被害状況を確認するためだろうか、「公園保全」と書かれた腕章を付けた男性が近くに来て、私は警戒モードに入ってしまう。

そうしている間にも、朝から何も食べていなかった私の体にエネルギーが補給されていく。

ポテトの塩が、当たり前だけれど、しょっぱかった。

 

お昼ご飯を済ませて、近くの庭園に向かった。

時折足を運ぶこの庭園には、私のお気に入りの場所がある。

その庭園の奥の方にある東屋だ。

「誰もいませんように」と願いつつ向かったら、案の定誰もいなかった。

私は東屋のベンチに腰掛け、持ってきた文庫本を開いた。

 

www.kadokawa.co.jp

 

歌人枡野浩一さんの歌集だ。

10分に1人ないし2人ほど東屋に人が現れたけれど、ほとんどの時間、私だけしかいなかったので、1首ずつ短歌を音読していた。

30分ほど滞在して、帰宅したのは15時過ぎだった。

 

わずかに2時間半ほどの外出だったけれど、私はへとへとだった。

布団に横になって、気づかぬうちに寝てしまったらしい。

目が覚めると、18時を過ぎていた。

自分の体力のなさにがっかりしてしまう。

 

晩ごはんを済ませて、お風呂に入り、取り込んでおいた洗濯物を畳み、歯を磨く。

布団に横たわり、ラジオを点けて、『荻上チキ Session-22』を聴いた。

 

24時になっても眠れず、なんだか暗い気持ちになる。

今日もなんとなくBBCのアプリでニュースを読んだ。

日本のメディアによる報道を目にしていたこともあって、すらすらと読めた。

ただし、知らない単語もあったので、それは調べた。

「dilute」が「薄める」という意味の他動詞(vt)だと知った。

 

www.bbc.com

 

眠れなかったので、久しぶりに小説を読んだ。

結局、金城一紀さんの『フライ,ダディ,フライ』を3時くらいまでに読み終えた。

ちょっとだけ暗い気持ちが和らいだ気がした。

 

2019年9月10日(火)の生きていたくなさ:60/100

2019年9月9日(月) 恥じたくない

今朝は9時半に目が覚めてしまった。

台風による強い雨風で不安感が募り、昨夜、眠ることができたのは5時だった。

したがって、睡眠時間はわずかに4時間強である。

これで調子が良いはずもなく、頭も体も重かった。

すぐに起き上がれず、一方で再び眠りに就くこともできず、10時まで布団に横たわっているだけだった。

 

10時に起き上がり、顔を洗って、野菜ジュースを飲んだ。

テレビでEテレNHK総合をボーッと眺めていた。

今朝は、台風の被害、それに伴う交通機関の混乱が報じられていた。

テレビ画面を眺めながら、「私はこの社会が嫌いなんだな」と思った。

誰もが我慢をし、同じ水準の我慢を別の誰かにも要求する。

そうして我慢のハードルを、互いにどんどん上げていく。

そんな社会、私は嫌だ。

その我慢ができない私のような人間は、きっと「弱い人間」というレッテルを貼られるのだろう。

もしくは、「甘えている」とも言われるかもしれない。

それでもいいかなと思う。

今現在の私は無職で、実家暮らしの引きこもりだ。

私は弱いし、甘えている。

そんな自分を恥じる気持ちがないとは、口が裂けても言えない。

でも、私は恥じない。

恥じたくない。

私が生きていることは、何も恥ずかしいことじゃない。

もし私が私を恥じてしまったら、それは私のような恥ずかしさを覚えることを、私と似た誰かに強要することになりかねない。

それは、我慢による相互束縛と同じもので、恥による相互束縛だ。

そういうことは、もうやめにしよう。

私は自分にも、別の誰かにも優しくありたい。

優しくあるために、私は寛容でありたい。

そういう自分でいられるような場所を、私はずっと探してきて、しかし、まだそこにたどり着けていない。

 

ただテレビを視聴するだけでも疲れてしまい、また布団に潜った。

そして、うつらうつらした状態で正午を迎えた。

食欲はあまりなかったけれど、空腹感はある。

なので、お昼ごはんを食べた。

 

午後、体を起こしていることがしんどい。

何かをする体力がない。

布団に横になり、録音したラジオを聴いていた。

今の私には、それしかできない。

でも、そうしていると、ふとした瞬間に「生きていたくない」と強く思ってしまう。

それが悲しい。

自分の生を肯定したいのに、肯定できていない自分がいつも心のどこかにいる。

虚無に屈したくないのに、簡単に膝をついてしまいそうになる自分がいる。

絶望に飲み込まれそうな、それこそ弱い自分がいる。

 

負けたくないね、わたし。

頑張れ。

 

晩ごはんを食べて、お風呂に入った。

そこで、なぜかお腹が空いてきて、ベーコンを焼いて、スクランブルエッグを作って、パンと一緒に食べた。

どんなに簡素なものでも、自分で作ったものは不思議に思えるくらい美味しい。

食べながら、泣きそうになった。

 

フライパンや食器を片付けて、歯を磨き、タンブラーにお湯を注いで、布団に横たわった。

そして、ラジオを点けて、『荻上チキ Session-22』を聴く。

 

2019年9月9日(月)の生きていたくなさ:80/100

2019年9月8日(日) 翻訳の精度

今朝は8時に目が覚めて、すぐにもう一度眠った。

次に目が覚めたのは10時半頃で、そこから起き上がった。

顔を洗い、野菜ジュースを飲む。

テレビを点けて、Eテレで将棋のNHK杯を観た。

今日は、行方八段と佐藤九段の対局だった。

 

お昼ごはんを食べて、すぐに布団に体を横たえた。

目を閉じて、録音したラジオに耳を傾ける。

聴覚だけに意識を集中させていればいいので、穏やかに過ごすことができる。

ラジオを聴いている時間が自分のためになっているかと問われたら、決してそんなことはないだろうと思う。

でも、今の私にできることは、あまり眠れない体を休ませてあげることだけなのだ。

そうして午後の大半を過ごした。

18時になって、ふとBBC NEWSのある記事を思い出して、それを読んだ。

 

www.bbc.co.uk

 

Femicedeと呼ばれる性差別、その中でも特に女性嫌悪に基づくような殺人について扱った記事だ。

久しぶりに英語の辞書を引きつつ、なんとか読んだ。

基礎的な英単語でも忘れてしまっているものがあったのは、ちょっとショックだった。

それと、スマホGoogle翻訳アプリを一部用いたのだが、その翻訳の精度にかなり驚いた。

数年前のそれとは翻訳の出来が段違いに良かった。

ある程度長い英語の文章であっても、不自然さのない、論理的に理解できるような日本語に翻訳される。

「たった数年でもこれほどまでにテクノロジーは進歩するのだなぁ」と、感動してしまった。

 

晩ごはんを食べて、お風呂に入り、歯を磨いて、21時には布団に横たわる。

台風が迫っていて、気圧が急激に低下し始める時間だった。

ただ休もう。

そう思っていたのだが、私はなぜかまたBBCの記事を読んでいた。

そして、自分でなかなか気づけなかったのだが、妙に気分が高揚している。

今振り返ると、何かがおかしかった。

日付が変わっても、なかなか眠りに就くことができない。

鼓動がいつもより早く、感覚が鋭敏になっているように感じた。

そのまま雨風のピークと予想されていた深夜3時を迎えた。

雨の音が激しいものになり、風がごおごおと吹き荒れているのがわかる。

その音を聞いているだけで不安感が募りそうだったので、イヤホンを耳に挿し、音楽を聴いていた。

「適当なところで寝てしまえたら……」と思っていたが、そう都合よくもいかず、結局、眠れたのは5時頃だった。

 

久しぶりに辞書の助けを借りつつ英文を読む作業をしたが、それがとても楽しかった。

忘れていた知識を呼び起こしたり、知らない単語を学習したりすることを、私は素直に楽しめた。

それがちょっと嬉しかった。

 

2019年9月8日(日)の生きていたくなさ:60/100

 

今週(2019年9月2日~9月8日)の絶望グラフ


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今週は、その始まりからひどかった。

2日(月)のバイトに行くまでは、「来週は休みが多いから、今週だけ頑張って乗り越えよう」と思っていた。

だが、実際のところ、私は頑張れなかった。

そこからは、ずっとむなしい。

生きていることがむなしい。

無力感に苛まれるばかりで、自尊心がどうたらとか考えることも億劫だ。

「私の人生、もうどうにもならない」なんて思いたくもないことを、毎日のように思ってしまう。

情けない。